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まだい

タイ好きは日本人だ

魚をよく食べる日本人の実態というものは、外国人になかなか理解されない。
漁業問題が国際舞台でこじれる根底には、それがあるように思う。
まさか、これほど日本人の食生活に複雑に根強く海の幸がしみ込んでいるとは、外国ではほとんど誰も知らないのではないか。
ホヤからクジラまで、生で食べ、煮て、焼いて、干して、みそに漬け、粕や油に漬け、まさに縦横無尽に食べる。
そういう、古今東西、類を見ない海産食民族日本人にとって、あらゆる意味で象徴的な存在がこのマダイであると思う。

外国では敬遠される

まず、日本中どこヘ行っても珍重するこの魚は、日本以外では信じがたいほどの下魚になる。
お隣の中国には、死者の肉を食う魚として忌みきらう風習がある。アメリカでは、食用魚に入れず、肥料の材料にする所もあると、聞いたことがある。
日本人がタイを賛える一つのポイントとしてあげる威勢のよい背ピレ、胸ピレは、ほとんどの国では、ケガをするおそれのある邪魔ものであり、あのしっかりした骨格は、ノドにでもさされば生命にかかわる厄介なものになってしまう。

そのタイを日本人は熱狂的に好み、人工飼育、蓄養に努力し、大船団をつらねて、遠くアフリカの沖までとりにゆく。
政治家が選挙に勝てば、そこには、目を入れるダルマと並んで、大型のタイがなければならない。田舎の農協の会合の仕出し弁当にも、こぢんまりしたタイの尾頭つきがあるとないではその会合の気合の盛り上がりかたが違ってくる。
ここに至って、外国人は肩をすくめ、両手を広げて、理解の限界を示すことになる。

もうひとつ、日本人は海の幸を縦横無尽に食べる、といった。それをタイにおいて典型的に見ることができる。
マダイは、魚の中で最も料理法の多い魚だ。詳細は別項にゆずるとして、刺し身、塩焼き、ちりなべに始まって、カブト煮から、みそ漬、粕漬、タイみそ、タイのデンブ、とあり、地方によっては、たとえば瀬戸内海のタイに恵まれた広島県の三原市のタイめん(タイとそうめんを大皿に盛りつけ、タイの煮汁でそうめんのだしをとる)のように、大小のくふうがいくつとなくある。

赤ダイ三派

タイにあらざるタイが、タイを潜称するのは既にふれた。その数ざっと200内外。
その中で、タイと呼ばれてふさわしいのは、いわゆる赤ダイの3つ、マダイ、チダイ(ハナダイ)、キダイ(レンコダイ)。それとグロダイくらいのものである。

味、姿、色の三拍子そろって最高がマダイとされ、ついでチダイ、キダイの順が相場だが、寒いうちは、チダイのほうが味ではマダイをしのぐという意見も多い。

マダイの特長は、一見して、いかにもタイらしい、つまり、日本人が恵比寿さんの脇にかかえられたタイから、タイ焼きのタイまで、日ごろなんとなく見ているタイのイメージずばりの姿。
背から側線の上下あたりに、青緑色のホシが3、4列あり、尾ビレのうしろのふちが黒ずんでいる。

一尾で100万粒を産卵

一人前になるのに4年ほどかかるが、その後は長寿で、平均20年、30年生きるのもありそうだという。
また、産卵数も一人前になったばかりでも40万粒、大物では100万粒も産む。長寿、多産ということも、その姿、味に加えて、タイが愛されてきた一つの理由だろう。

春の産卵期を迎えると、タイは、浅い所で底が砂、近くに岩も藻も適当にある場所を求めて集まる。
瀬戸内海では、冬の間、沖で避寒をしていたタイ群が、内海に続々、入りこんでくる。このころのタイは、婚姻色を示して、紅色の体色がひときわ冴え、腹部まで赤くなって、いわゆる「桜ダイ」と呼ばれるようになる。
いよいよ、産卵にかかると、タイの群れは、スピードを上げて激しく泳ぎ回り、日が暮れると、入り乱れて群泳し、激しい勢いで身体を横倒しにして、泳ぎながら卵を産み出す。

エビ育ちが上等

卵は浮上して、20度近い水温で、50時間あまりで稚魚になる。
やがて、2週間もたち、3、4センチの幼魚になると、はやくも、その親そっくりの美食家かつ健喫(けんたん)家ぶりを発揮して、エビを追う。
時には、ウニや二枚貝、ヒトデなども、あの丈夫な臼歯でばりばり噛み砕いて食べてしまう。
タコも小魚も、出されれば食べるという態度。
幅広い肉食である。このへんも、外国では、まるでブタ並みの食欲だとさげすむ所である。

しかし、ぜいたくな変化のある食生活が、あの美味を生み出すのだろう。
ある水族館で、二つの水槽にマダイを飼い、一つはイワシ、一つはエビをエサに育てて、塩焼きにしたのを食べ比べたら、やはり軍配は、エビ育ちのタイに上ったというから、エビを多食できる海に育ったタイは、上等といえそうである。

見通しの明るい養殖

これほどの高級魚を、ただ減りっ放しにしておく手はない、と養殖は古くから考えられたが、産卵の様子、親から採卵する方法、稚魚のエサなどが、なかなかわからなかった。

昭和37年11月、神奈川県横須賀市の観音崎水族館生物研究所が7年ぶりに、6尾の稚魚を放流した。県知事、市長さんも列席してちょっとした劇的な放流だったが、その時、麻酔をかけられ、小さな放流標識を背ピレにつけられて、東京湾に送りこまれた13センチの稚魚は、一匹250万円といわれたものだった。それまでの研究費用を考えると、黄金のタイというべきものだった。
そのころ、各地でも研究が進んでいて、それから8年後のいま、瀬戸内海栽培漁業センターの伯方島事業所(愛媛県)では、昨年、50万匹の放流を行なった。

まだ、放流は軌道にのったとはいえない。しかし、確実に一歩を踏み出した。
瀬戸内海をマダイの牧場にして、海の色を紅にして見せる、と技師たちは自信まんまんで研究にはげんでいる。

こんなふうにどうぞ

選び方

  • 尾ビレで見分ける
    タイの仲間では最も美しく立派な姿をしている。近しい品種にチダイとキダイがあって、素人目にはちょっとまぎらわしい。特に200グラム前後の幼魚は、マダイとの区別もつかず、折詰めの姿焼きなどに用いられる。見分け方としては、マダイは尾ビレの先の縁が黒く、ほかのタイ類は黒いのがない。また生息地や大きさによっても体色が異なり、一般に大型のマダイはウロコが黒色を帯びている。

  • 鮮度の見分け方
    ウロコに光沢があり、眼球が清澄で、尾ビレの先がちぢんでいないものを選ぶ。手に取って見ることがゆるされるならば、エラぶたをあけて、エラのちぢんだり、乾いたりしていないもの、肛門が大きく開いたりしていないもの。なお、死後硬直のぴんと張ったものなら申し分ないが、右側(裏)にそったものは姿焼きの時に焼きにくくて困る。近ごろの漁師は魚の上身と下身について無関心だ。

  • 冷凍タイ
    たくさん入荷しているが、タイとしての風味はぐんと落ちる。「腐ってもタイはタイ」という言葉は当らない。

おろし方、切り方

  • ウロコを残さないこと
    魚をおろす前にウロコを払うのは当然のようであるが、マダイのウロコは固く、1、2枚の小片が残っていても、包丁の刃先がすべって、おろしにくいことがある。
    特に、腹ビレや尻ビレのかげにかくれたウロコは、見落すことが多い。
    マダイのウロコは包丁の背では払うことができない。
    こけ引きの道具を使うが、万一こけ引きの無い時には、ダイコンの末端を十センチほど切り落し、切り口をウロコに当てて、力強く払う。
    マダイは頭の肉がおいしく、料理材料として貴重なので、その料理する目的によってか木取り方(調理法)がちがってくる。
    ほかの魚ならば少しぐらい包丁の入れちがいがあっても問題はないが、タイの頭だけは、わずかな誤りでも特に目立つ。
    頭の料理には、潮汁、あら煮、かぶと焼き、かぶと蒸しなどがある。
    かぶと焼きの場合は、頭をなるべく大きく見せるために、胸ピレも、腹ビレも頭につけて切り落すのがふつうである。
    また、潮汁のように目玉を中心に木取る時には、腹ピレまでつける必要はない。
    頭を除いてから内臓を出し、腹腔はよく洗い、二枚または三枚におろす。

  • タイの頭の梨割り
    タイの頭を料理する場合は、タテ真二つに出刃包丁で割る。
    頭骨は固いので、これを梨割りと呼ぶ。
    初め、後頭部を手前に、ロを上にして、まな板の上におき、包丁の刃先をタイのロに入れるようにして頭に切り込み、二つに割る。
    片刃の出刃は斜めに動く性質があるので、両刃にこしらえた頭割り専用の包丁がある。

調理の仕方

  • 冬から春にかけての魚
    マダイの味はいつも同じようだといわれるが、夏場は不味である。瀬戸内海では漁獲期の関係で、4、5月の産卵直前をシュンとしている。しかし、一般には、初冬のころから味がのるので冬から夏にかけての魚ということになろう。

  • 大きさと用途
    おいしいのは1キロ以上2キロくらいまでで、あまり大きな老ダイは味が落ちる。幼魚は小さなものほど味のりが薄く、春子(かすこ)と呼ばれる10センチくらいの幼魚は開いて「すずめずし」などに用いられ、200グラムくらいのものから姿焼きに用いられる。

  • タイの潮汁
    潮汁は春の料理である。その名のとおり汐水(塩水)仕立ての吸いもので、カツオブシのだしは用いない。タイの切り身、またはあらに塩を当て、塩がよくなじんだところで霜ふりにする。
    なべに水を張り、だしコンプ(またはツメコンブ)とタイの切り身を一緒に入れ、弱火で静かに煮る。浮き上がるアクや脂はすくい取り、汁に味が出たところで、コンプを引き上げ、塩を加えて味をととのえ、清酒少量を振り込むと風味を増す。
    青みには、ウド、ジュンサイなどがよく、椀には必ず木の芽を添える。

  • かぶと焼き
    頭を2つ割りにしてやや太めの金串を3本打ち、強火の遠火で焼き、たれをかけて焙り、これを3、4回繰り返して、串を抜き、皿に盛る。上からたれを少しかけ、粉サンショウを振り、酢どりショウガなどを添える。

  • たれの作り方
    たれはしょうゆとみりんを同割にし、砂糖を加えて火にかけ、なべのふちをこがさぬように適度に煮詰める。

  • かぶと蒸し
    頭を2つ割りにしてその1つを蒸しもの鉢に入れ、蒸し器のふたをして強火で蒸す。鉢を取り出し、滑った液汁を捨て、焼きネギ(長ネギの白根の部分に焼き目をつけ、4センチ長さに切る)を前盛りとし、鉢のふたをしてすすめる。別の器のボン酢じょうゆをつけて食べる。

  • ちりなベ
    タイを二枚におろし、一枚は骨つきのままぶつ切りにする。
    ちりなべは骨つきの身がおいしいので、なるべく頭も入れる。土なべに水を張り、コンブを入れ、煮立ち始めたら、コンプは引き上げ、タイの身を入れ、野菜(ハクサイ、シュンギク、生シイタケなど)やとうふなどもいっしょに入れて煮ながら食べる。つけ汁はボン酢じょうゆ、薬味にはモミジおろし、アサツキの小口切りなどを用いる。

  • タイのあら煮
    タイを二枚におろして、片身は骨つきのままぶつ切り、頭も割って目玉を中心に木取り、しょうゆ、みりん同剖の汁に砂糖を適当の分量だけ加え、煮立ったところヘタイの身を入れ、落しぶたをして煮る。汁気のやや詰ったところで火を止め、鉢などに盛り、粉サンショウを振る。木の芽の季節ならば木の芽をたっぷり添える。